マリリンモンロー最後の1日


マリリンモンローはそのミステリアスな最期によって今でも様々な憶測が飛び交う存在です。

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今回は彼女の最後の1日を少し書いてみたいと思います。

Marilyn Monroe was found dead in her bedroom on August 5th 1962 by her psychiatrist. She was just 36 years old.

マリリン・モンローは1962年8月5日、ベッドで死去しているのを彼女の精神科医によって発見されました。36歳でした。


マリリンモンローの死因は薬の過剰摂取、そして自殺の可能性もあると発表されました。

However many people including the first police officer to arrive at the scene of the death believed she was murdered.

しかし最初にマリリン・モンロー宅の現場に到着した警察官も含め多くの人が、彼女は殺害されたと信じています。

The Housekeeper
Marilyn’s housekeeper was a key witness.

マリリンモンロー宅には家事を担うハウスキーパーがいました。有力な目撃者です。


We know that housekeeper was around the night that Marilyn died.
The housekeeper originally said she had knocked on Marilyn’s bedroom door at midnight and after receiving no answer called the doctor who broke in through the window after seeing Marilyn’s lifeless body.

そのハウスキーパー自身が当時の発言はマリリンモンローが亡くなった日の深夜、マリリンの部屋をノックし、なんの返事も無かったために担当医師に連絡したという証言でした。連絡を受け駆けつけた医師がマリリンの動かない体を外から見て、窓を破り中に入ったのです。


However, the housekeeper changed her version of events and then said that she actually went to bed at midnight and called Dr Greenson at 3am when she saw Marilyn’s bedroom light on was left on. She went on to change her story many times.

ところが後になってそのハウスキーパーは発言を撤回し証言を変えました。
ハウスキーパー自身は夜中にすぐ就寝したと言ったのです。
ところが気づいたらマリリンの部屋の明かりがついたままだったため、深夜3時に担当の精神科医を呼んだと。ハウスキーパーの話はその後も二転三転しました。


この話には続きがあります。

This housekeeper took part in a 1985 BBC Investigation into Marilyn’s death.
She told the same 1962 version of events.
However, not realising her microphone was still on at the end of the interview and she said “Why, at my age, do I still have to cover this thing?”


このハウスキーパーは1985年にBBCのマリリンモンローの死を巡る特別番組に出演しました。
ハウスキーパーはマリリンの死亡当時1962年に語った同じ話をしました。
ハウスキーパーはインタビューの最後でまた自分のマイクがオンのままになっていることを知らこう言いました。
「この歳になってまでなぜ私がこの事を隠さなきゃならないの」

Apparently she admitted that Monroe was not dead when the doctor arrived but she never revealed any more information and died in 1994.

このインタビューで明らかにハウスキーパーは認めてしまったのです。
医師が駆けつけた時マリリン・モンローは死んでいなかったことを。
しかしハウスキーパーはこの後は何も語ることをせず1994年に亡くなりました。


親しかったケネディ大統領とその弟ロバートとマリリン・モンロー。
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The FBI

There has always been rumours that the FBI were at Marilyn’s house the day before she died.

FBI
マリリンモンローの死にはFBIの影もつきまといます。
FBIはマリリンモンローの死の前日に彼女の家を訪れているという噂です。


It was the time of the Cuban missile crisis, the political atmostphere was intense.

当時はキューバ危機の真っ只中でした。
キューバを巡ってアメリカと旧ソ連が睨み合い、すわ核戦争かというほど緊張が高まっていました。
ちなみに当時のアメリカ大統領はあのケネディー大統領です。マリリン・モンローと不倫関係にあったと言われています。


The FBI were convinced that Marilyn was mixing with known communists and so they opened a file on her as a possible subversive.
Could this have been a factor in her death?

FBIはマリリンが名の知れた共産党員と付き合いがあることをつかんでおり彼女を危険人物としてリストしていました。
これがある意味でマリリン・モンローの死の原因なのでしょうか?


All we know is – somewhere between 4th August at 9.30pm and 3.50am on the 5th August, Marilyn Monroe died.

今のところ分かっているのは、
8/4の21:30〜8/5の03:50の間にマリリンモンローは亡くなったという事実です。


読書が好きだったマリリン・モンロー。
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So was it suicide?
Marilyn took her own life?
Her psychiatrist had recorded many interviews with her and it showed Marilyn to be positive and fairly optimistic. These tapes subsequently disappeared.

ではこれは自殺だったのか?
マリリンは自分で死を選んだのでしょうか?
彼女の精神科医は彼女とのインタビューをたくさんテープに撮っていたそうです。
彼女はとても前向きで非常に楽観的であった。
ところがこれらのテープはその後、忽然と消えてしまった。


Marilyn was also looking forward to getting back to filming and she felt that her therapy was working.

加えてマリリンは映画の撮影に戻る予定があり、彼女は精神科医のセラピーがうまくいっていると感じていたそうです。

Apparently this is not the action of someone who is thinking of taking their own life.

明らかにこの状況は自殺を選ぶようなタイミングではなかったといえます。


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And then there is the case of the missing glass.
When Police searched Marilyn’s bedroom, they noted that there were a number of pill bottles in the bedroom but there was no glass and no water in the bedroom.

グラスの謎。
当時警察官がマリリンの死亡したベッドルームを調べたところ、いくつかの薬があったそうです。
ところがそこには薬を飲むためのグラスも水も全くなかった。


Marilyn apparently was known to struggle with washing down pills and needed big gulps of water, so it was strange that there was no drinking vessel in the bedroom.

マリリンは薬を飲むときにたくさんの水を飲むことで有名でした。
ところが薬が置いてあるにもかかわらず全くグラスも水もなく、とても奇妙に見えたそうです。


Mysteriously a glass was later found on the floor by her bed but police swear that it wasn’t there when they first searched the room.

不思議なことに後にグラスがマリリンのベッド横の床に落ちていることが発見されました。
ところが最初に捜査に当たった警官はそこには全くクラスはなかったと主張しているのです。


Theories and rumours of murder have always been linked to Marilyn’s death and often the Kennedy’s name has been linked with that night.

マリリンは殺害されたとする陰謀説や噂が常に付き纏い、そこにはケネディー大統領の名が浮上します。


She was a security risk to President John F Kennedy’s government having had an affair with him and known him intimately.

マリリンはケネディ大統領と当時の政府にとって危険な人物でした。
マリリンとケネディー大統領は不倫関係にあり非常に親しい関係であった。


The CIA had placed electronic surveillance on Marilyn because of her closeness with the Kennedys.

CIAはケネディー大統領と親しくするマリリンを常に監視していたと言われています。


Did Robert Kennedy visit Marilyn on the night she died?

マリリンが死亡した当日ケネディー大統領の弟ロバートはマリリン宅を訪れたのか?


Her housekeeper seemed to think so.
There had been a violent argument in the house that night apparently which Marilyn’s doctor had to calm down.

マリリンのハウスキーパーによるとケネディー大統領の弟ロバートはその日マリリンの家を訪れた。
そして激しい言い争いになりマリリンの担当医師は彼女を落ち着かせるため投薬したと証言しています。


But there was someone else there too. In a recent interview, the housekeeper’s son-in-law was there.
He said that Robert Kennedy turned up with two men at 10pm on the night that Marilyn died.


そして最近わかったのが、その日ハウスキーパーの義理の息子もマリリンモンローの邸宅にいたという事実です。
ハウスキーパーの義理の息子は、一旦帰ったロバートケネディが夜10:00に男性2人を従えてマリリン宅に戻ってきたと証言したのです。


He and his mother-in-law were ushered out of the house and when they returned they found Marilyn’s comotosed body in the guest cottage.

彼は、義理の母のハウスキーパーとともに一旦外に出されて再度戻ってきたときには昏睡状態のマリリンが来客用コテージに寝かされているのを目撃しています。

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The son in law claims that it was the Los Angeles Police Department intelligence division that turned up and moved Marilyn’s body and create the “suicide in the locked bedroom” scenario.

彼は、そこにはロス市警の情報局が来ておりマリリン・モンローを移動させて、「自殺した密室の寝室」と言うシナリオを作り上げたと主張しています。


このようにマリリン・モンローの最期は様々な憶測が飛び交います。


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彼女はケネディー大統領と親密になり結婚してほしいと迫っていたと言われています。
マリリン・モンローの情熱にケネディー大統領は付き合いきれず冷たく別れを伝えたと言われています。


錯乱状態に陥ったマリリン・モンローがケネディとのすべてを記者会見で暴露すると迫ったと言われそこからマリリン・モンローへの監視が強くなったそうです。

当時のトップシークレットであるキューバのカストロ暗殺の方法をマリリン・モンローは知っていて近しい知人にそれを伝えていたと言われています。
その方法はアメリカのCIAが
現地キューバのマフィアを利用し殺害するというものでした。
このことは2007年に公開されたアメリカの公式文書でマリリン・モンローの発言が正しかったことが裏づけされています。
つまりマリリンがアメリカのトップシークレットを手にしそれを暴露しうる存在だったということになります。
ケネディー大統領や時のアメリカ政府にとっては非常に脅威だったと思います


実の母親が精神病を煩い子育てができず里親を転々とした幼い頃のマリリン・モンローが大人になってもそこにいたのか。
彼女の華やかな笑顔から垣間見える寂しげな素顔に人々は今も魅了されているのでしょうか。

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マリリン・モンローが亡くなった日は土曜日で彼女ほどの華やかなスターが相手もいず1人孤独に死んでいったことに人々は驚きました。

悲劇のマリリン・モンローですが最後に元夫のジョーディマジオが彼女へ永遠の愛を誓ったことは一筋の光のように思いました。
マリリン・モンローよ安らかに眠れ。

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by imalatebloomer | 2017-05-04 22:08 | Comments(0)